#1  〜暮らしの中でのカブヤ編みと、染色について〜    

インタグ地方でカブヤ編みは、家畜をつなぐ紐や馬の鞍、玄関のマットなど、生活必需品に加工されて使われていました。しかしだんだんとナイロンの紐や既成の道具が生活の中に入り込み、カブヤの繊維を用いて縄を綯う技術や、繊維を収穫して乾かす習慣が人々の間から薄れていました。しかし鉱山開発問題を契機に、カブヤを編んでバッグやマットなどの民芸品、装飾品にして販売する仕事が「地域にあるもの」を利用した新しい産業として定着しはじめると、次第にカブヤ編みの技術自体も見直され、生活の中での利用、技術の継承を促すきっかけになりました。また、それまではとくに深められることのなかった染色の技術ですが、「この森からもっと他の色を出せるなら知りたい」という女性組合のメンバーの好寄心によって日々、森の探索と染料の加工が工夫なされ、染色の質が向上し色のレパートリーも広がっています。

 

    

          ナマケモノ・ダイブ フェアトレードグッズについて深く潜って考える  

 

  

 

 

 

 

 

 

例えば、左のカブヤ(竜舌蘭)の繊維を、右のサングレ・デ・ドラゴ(流血樹)で染める。流血樹は、簡単な消毒や、お化粧(口紅)にも使われている殺菌作用のある赤い樹液。

カブヤの染色

 焦げ茶=くるみの樹+ブリキの鍋×良く煮る

 薄茶 =くるみの樹+アルミの鍋×煮る

 薄緑 =くるみの樹とチルカ+ブリキの鍋×煮る

 深緑 =くるみの樹とチルカ+アルミの鍋×煮る

 黄色  フクナの樹皮+アルミの鍋×煮る

 薄黄  ディアロマンの樹皮+ブリキの鍋×煮る

 桃色 流血樹の樹皮とくるみの樹とレモン+アルミの鍋×煮る

 水色 シャンシの実とくるみの樹とレモン+アルミの鍋×煮る

 赤とピンク シャンシの実とレモン+アルミの鍋×煮る

 青  シャンシの実とレモン+ブリキの鍋×少しだけ煮る

 赤  くるみの樹と葉、赤キャベツ+アルミの鍋×煮る

 薄赤 アラヤンとくるみの樹+アルミの鍋×煮る

 黒  くるみの樹+ブリキの鍋×煮る 

 

「カブヤ編み」の技術は、コロンビアから移住したひとたちが持ち込んだ。竜舌蘭の繊維をさいて乾燥させ、手のひらや、小さな木製の道具で綯う。この繊維はとても丈夫なので、家畜をつないでおくロープに使った他、糸や紐になったカブヤを更に加工して、馬の鞍や作物を入れる袋にしていた。

このカブヤに染色をしたり、編んでポシェットにするなどということはなかったものの、カブヤは生活の中でかかせないものであった。しかし、近年、辺鄙な町の小さな商店にさえナイロンの紐が販売されるようになり、「買ってしまった方が便利だから」と、誰も綯うことをしなくなってしまった。




カブヤ編みの道具

後日アップいたします。

 

しかし、カブヤ製品が日本にフェアトレードで出荷され、エコツアーでおとづれる人々もその加工技術や文化に興味を持ちはじめると、地元の人々のあいだでも、生活の中で使われるカブヤをもう一度見直そうという姿勢になっている。

 

写真は、カフェコタカチプロジェクトでメニューの看板を紐でくくりつける際に、みんなに縄のない方を見せるフニン村のルイスおじさん(下)と、「実は私もできるわ」と、やってみせる、メルシー(上)。

染色を施したカブヤの糸。染料として森からとる量に気をつけることと、廃液を川に流さないこと、環境にとって負荷のかかる染料は使わないこと、に気をつけている。

 

「染める」ということ

日本を代表する染織家、志村ふくみさんは、その著書「一色一生」の中で、こう語っています。
「私は今まで、二十数年あまり、さまざまの植物の花、実、葉、幹、根を染めてきました。ある時、私は、それらの植物から染まる色は、単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が色を通して映し出されているのではないかと思うようになりました。それは、植物自身が身を以て語っているものでした。こちら側にそれを受け止めて生かす素地がなければ、色は命を失うのです。」

また、同じ本の中で、カブヤ製品が生まれるインタグ地方に根付いていた、プレインカ文明の染色技術についてこうも語っています。
「プレ・インカの染織を見た時、胸に突き上げてくる感じにおそわれた。それはきわめて、原始的な体ごとの感覚なので、うまく言葉にならないが、我々の中にも、インカの人々と同じく、強い一本の根が貫かれているという、目のさめるような感じと、ひょっとすると我々は、とんでもない方向に進んでしまったのではないかという不安との入り交じった感じなのである。(中略)縞がある。茶と藍とほんの少しの白、どこかでみかけたような縞の割りふり、なつかしい色合い、はだざわり、まるで私共の祖父母達の、つつましく知恵深い息づかいが感じられるほど、われわれ日本人とよく似た血である。(中略)インカの人々は、人間の五体にくまなく備わっている平均感覚や、小動物の運動神経の発達したあの敏しょうな体つき、自然の繰り返すリズム、などをごく自然に織り込んだだけであるのに、我々は多くの知識をつめこみすぎて、それだけで幼稚ではないか、もっと複雑に、もっと皮肉に、もったいらしくしないと愚かしく思われていないかと、ひねくりまわしているのである。物を創りだす前に計画が多すぎて、肝心のものはやせ衰えてしまう。

私たちは、カブヤ編み商品の「色」を通して日本にいながらにして、インタグの森とつながることができ、インタグで染めと編みをする人たちは、「色」を通して、かつてそこに深く根付いて暮らしていたプレ・インカの人びととつながることができるのです。

 



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