坂道と世界

 

彼女が作った、カブヤの赤いブレスレッドを見ると、わたしはその景色を思い出す。わたしたちにとってとても特別な、坂道と世界のはなし。

彼女たちはカブヤ(サイザル麻)とよばれる大きな葉から、糸になる繊維を取り出す。かぎ針や織り機でベルトやバッグ、様々な民芸品を編む。染色は近所の森でさがした種や樹や草や花。わたしはそれを買い付けては日本で販売する。注文すると毎週水曜日の会議でみんなに伝えられる。馬にのって、あるいて彼女たちはあつまる。「仲間がいるから教えあうことができる。だから仲間がいてよかったって思う。」お互いのコトをそういってる。
運送の費用がかかっても大丈夫なのは、エクアドルと日本に経済的な格差があるからだ。それでも彼女たちは仕事に見合った報酬を得て、とくに教育や医療を、暮らしのなかで充実させることができる。わたしもお金を稼ぐことができる。それは「フェアトレード」って呼ばれている。値段の付け方は「フェアだ」ってことになってる。

女性グループのリーダーノルマとは、2年前からの友達だ。去年は水筒ホルダーを一緒に作った。日本ではガールスカウトが、それをもつことで環境問題まで学んでる。その写真をみせると、自分の子どもを見るような目で笑った。彼女をみているとお母さんって素敵だなって思う。
会計はいつも彼女とする。しかし、わたしたちは2人とも計算が苦手だ。そのくせいつも計算機を忘れるから、会計にえらい長い時間がかかる。のんびりやっていると日が沈んで「また明日」なんてことにもなりかねない。
その日彼女は草っぱらの斜面に座ってかぎ針で何か編んでた。ジョルジとダヴィッドは顔を真っ黒にして坂道を駆け回ってた。
ここでの私のいつもの仕事は、この2人と遊んでることだ。お母さんが商品の数を数えてる間、退屈しないように、泣き出さないように。それは「仕事」なのかそうじゃないのか分からないんだけど。


その日はもう日も暮れそうで、嫌いな計算は「マニャーナ」、明日に持ち越し、わたしとアヤさんもその遊びに加わることにした。子どもの頃よく公園でした遊びを思い出した。段ボールに乗って滑り降りるやつだ。私は辺りを歩き回ってそれが落ちていないか探したけど、やっぱり山にそんなものあるはずがない。考えた末にちぎったカブヤの枯れ葉は、犬に持ってかれてしまった。ハッとしている私を見て、みんな大笑い。仕方ないのでトウモロコシのはいってたずた袋で代用。2人を乗せて滑り降りた。


坂の上からは、オーガニックのレモン畑や、一時停止の牛たちや、原生林がみえた。その森には数えきれないくらいの鳥や、虫や動物たちがいるはずだった。ゆっくり傾いて行く夕日が、刻々違った風景を投げかけた。目に見えるよりもずっと沢山のことがみえて、5分をまるで1日のように感じた。景色が時間の流れを変えてた。だけどジョルジとダビッドは、こんな世界はあたりまえといった感じで、犬と草っぱらを転がり続けている。


「ここは子どもにとって素敵な環境だね。」アヤさんがノルマにいった。それはもっと大きな世界を指してのことだったんだけど、ノルマはこう答えた。「そうね。家の前は砂埃が沢山あるからこっちのほうがいいの。だからカブヤを持ってきてここで編んでるのよ。」
それはすごく的外れな答えだった。わたしたちにとってどんなに特別で感動的な状況なのかってこと、彼女には分かんないのだ。でも次の瞬間、その答えと景色がつながった。レモンや犬や、風や子どもの声や、曖昧な空の色。周りの全部がすうっと私のなかにしみ入ってきた。泣きそうな心地がした。あえて言葉にするなら、「平和」を感じたんだった。それは、「戦争の反対」とは違う「ほんとうの平和」。
会話はそこで途切れた。多分彩さんも同じことを感じてたと思う。


世界とは「いまここ」のことで、平和は「いまここ」にしかないもの。例えば、子どもが遊びたい場所に一緒に居るように、目の前の人を愛すること。それよりも大きなことなんてないし、大事なことなんてないんだ。
ノルマはカブヤを編み続けてた。坂道を風が通り抜けて、ずた袋が舞い上がった。


この人はわたしにとって大事な友達で、私が気づかない世界を見せてくれる人だ。子どもとのつながり、森とのつながり。はっとするような言葉でそれを教えてくれる。そして、自分ではつながれない私を、そこにつなげてくれる。


彼女が編んだお守りのキーホルダーをつけて、ひとり、ヒューストンの空港に着く。「9/11 Huston Remembers」って垂れ幕を見上げた。星条旗をディフォルメした派手派手なやつだ。これも「ある世界」のなかで平和を訴える声。でもそれが声高に叫んでたのは、あの坂道にあったような、「絶対の平和」なんかじゃなかった。
人が宇宙に飛び立つ街にもないような世界を、わたしの友達は自分のなかにもってる。
絶対的に大事なことを、まず確認しよう。分かることから確かめよう。わたしの「世界」は何処だろう。それはとてもあいまいだ。そこには彼女の世界がひつようなんだ。少しでも近づきたいと思うんだ。


わたしたちは値段を決めるときいつも、「そっちが先につけてみてよ」って言い合う。しまいにはふきだしてしまう。なにがフェアだなんて本当は分からない。でも確かなことがひとつある。
ノルマのカブヤ編みのなかには、あの坂道みたいな世界があって、神様がいる。そこからしか感じることのできない、そこからしか伝えてゆけないことがある。そのつながりだけは絶対で、わたしの世界だ。

 



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